佐土原人形について
佐土原人形は約400年前、日向国の佐土原(宮崎市北部)に住んでいた高麗人に人形の作り方を教えてもらったのが始まりといわれています。しかし、その年代には諸説あり確定していません。
戦国大名伊東氏の治世を経て島津藩に組み込まれてからは、京都と交流があったため伏見人形様の作風となりました。
中でも女の子の饅頭喰い人形が有名です。伏見人形に原型を持つこの人形は男の子でしたが、ますや三代目阪本兵三郎が髷(まげ)をつけて女の子となり現在に至ります。
子供が「お父さんとお母さん、どちらが好きか」と問われ、即座に持っていた饅頭を二つに割って「このどちらがおいしいか」と問い返したという逸話をもとに作られたといわれています。
昔から節句人形が作られ、明治時代には歌舞伎人形が多く作られました。当時佐土原で農民による玄人はだしの歌舞伎座がさかんで、歌舞伎がこよなく楽しまれたためです。歌舞伎を愛する人たちの思いが歌舞伎人形を作らせたのでしょう。
佐土原人形店ますやでは、代々伝えられてきた型や人形を大切に守りながら、人形の製作と保存に取り組んでいます。
